バイオグラフィー

メラニー・ホリデイはアメリカ合衆国ヒューストンに生まれました。レナード・バーンスタイン指揮による彼のミュージカル《キャンディード》のドイツ語版の初演でオーストリアのウィーンにデビューし大成功を収めました。その後すぐに、ウィーン・フォルクスオーパーの専属歌手となり、15年間の間に、オペレッタ、オペラ、ミュージカルの20作品以上の役を歌いました。中でも、《メリー・ウィドウ》のヴァランシェンヌ、《こうもり》のアデーレは、メラニー・ホリデイの最も得意とする役ですが、オッフェンバック作曲の《ホフマン物語》のオリンピアも忘れるわけにはいきません。この役は大変なコロラトゥーラで歌うだけではなく、彼女がヒューストン時代に長年続けていたバレエの才能を発揮して、“トゥ・シューズ”で踊りながら歌うという役だからです。

その後国際的にもマルチ・タレントぶりを発揮して、様々な国際音楽祭、コンサート、オペラへ出演し、世界的に著名な歌手とも共演し、テレビ出演も多くしています。メラニー・ホリデイのその魅力的で輝かしいプロフェッショナルな舞台は、日本の観客の皆様の心をも、しっかりと掴み、「オペレッタの女王」と呼ばれています。

日本には定期的に訪れていますが、最近では《メリー・ウィドウ》で、また《こうもり》ではゲストスターとしてルネ・コロと並んで東京文化会館に出演しました。有名なミュージカル《サウンド・オブ・ミュージック》のマリア役では、日本中で21回の公演をしました。(これらのプロダクションの日本の招聘元はコンツェルトハウス・ジャパン)

メラニー・ホリディの日本での最初のコンサート・ツアーはセイコー・グループにより主催されました。その成功を皮切りに、セイコー・インスツルメンツより長年にわたりサポートしていただくことになり、そして音楽事務所カメラータ・トウキョウとのよき仕事上の関係へと発展していきました。カメラータ・トウキョウは、その後日本での多くのコンサート・ツアーに、著名な歌手リシャード・カルチコフスキーやペーター・ミニヒと共に、そしてウィーン・オペラ舞踏会管弦楽団と一緒にメラニー・ホリデイを招聘しました。最近では、ヨハネス・ヴィルトナー指揮のウィーン交響楽団によるヨハン・シュトラウス・アンサンブルのソリスト歌手としても定期的に来日していますが、毎年1月に日本の皆様と共に新年を音楽でお祝いする質の高いコンサートをお届けしています。また、最も最近ではオーケストラ・アンサンブル金沢との音楽的にも素晴らしく成功した共演も挙げられます。

主にカメラータ・トウキョウにより、ウィーンで多くのCDを録音していますことも、メラニー・ホリデイを皆様のお耳にポピュラ-にしています。

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メラニー・ホリデイは、これまでに世界中で、オペラに、コンサートに、音楽祭に出演してきました:

オーストリア

ウィーン・フォルクスオーパー(1988年/89年まで専属歌手)
ウィーン国立歌劇場(《ミサ》)
ブレーゲンツ音楽祭
メルビッシュ湖上音楽祭
アン・デア・ウィーン劇場
コンツェルトハウス、ウィーン
ブルックナーハウス、リンツ

ドイツ

ミュンヘン市立ゲルトナープラッツ劇場
メトロポール劇場、ベルリン
アルテ・オペラ劇場、フランクフルト
ケルン・フィルハーモニー・ホール
ヘラクレス・ホール、ミュンヘン
ベートーヴェン・ホール、ボン
フランクフルト世紀ホール
コンツェルトハウス、フライブルク
ギーセン市立劇場
ゲヴァントハウス・ホール、ライプチヒ

スペイン

リセオ大劇場、バルセロナ

イタリア

トリノ市立劇場
スポレート・フェスティヴァル

アメリカ合衆国

Hヒューストン・グランド・オペラ劇場 - ジェス・H.ジョーンズ・ホール
ニューヨーク州立劇場
パサデナ・シヴィック・オーディトリウム
シカゴ・オーディトリウム劇場
パルム・ビーチ・オペラ劇場
ハリウッド・ボール、ロスアンジェルス

日本

サントリーホール、東京
東京オペラシティ
東京文化会館
文化村オーチャードホール、東京
王子ホール、東京
ザ・シンフォニーホール大阪
大阪フェスティバルホール
石川県立音楽堂、金沢
長野県民文化会館
愛知県芸術劇場、名古屋

中国、

北京展示センター劇場

ロシア

スタニスラフスキー劇場、モスクワ